浜松城公園から東照宮へ向かって歩く - 現身日和 【うつせみびより】

浜松城公園から東照宮へ向かって歩く

浜松2-1

PENTAX K10D+DA 16-45mm f4



 浜松城と日本庭園を見た後は、浜松城公園も少し歩いてみた。それなりに広い公園で、美術館などもある。
 昭和25年に子供博覧会というのをこの場所で行うために整理したのが始まりで、その跡地に動物園が作られた。
 昭和52年には、昭和天皇在位50年記念公園として再整備され、翌年市民プールができた。動物園は昭和58年に舘山寺に移って、今はこの場所にはない。あちらで浜松市フラワーパークと合体した恰好になっている。
 浜松の中心地には他に大きな公園や緑地はないから、この公園が浜松市民の憩いの場になっているのだろう。上の写真は桜並木だろうか。
 そういえば、タイワンリスが繁殖して公園にすみついていると書いてあったけど、姿を見ることはできなかった。

浜松2-3

 ムラサキカタバミがもう咲いていて驚く。5月くらいから夏にかけて咲く花なのに、1月はいくらなんでも早すぎる。それだけ浜松の気候が温暖ということか。
 南米原産の帰化植物だから、もともとは暖かいのが好きなはずだ。長く日本で世代を重ねることで寒さにも強くなったのだろう。

浜松2-4

 工場萌えの次は団地萌えか。
 むき出しのパイプがうねりながら外壁を這っている様子に惹かれた。
 何のパイプだろう。普通の団地ではないのか。

浜松2-5

 半僧坊別院正福寺。有名どころかもしれないと思って一応撮っておいたけど、それほどでもなかったようだ。
 浜松は城下町でもあり、宿場町でもあったから、寺社は多く点在している。

浜松2-2

 普通の民家の前に鳥居が建っている。一般の民家ではないのか?
 道の反対側に東照宮があるから、東照宮の鳥居かもしれない。境内が縮小されて、もともと入口だったところのすぐ外に民家が建てられて鳥居は残ったという可能性はありそうだ。
 普通の家に鳥居を建てることは合法なのだろうか。魔除けのために鳥居を建てることが許されるなら、もっと見かけることになりそうではあるけど。

浜松2-6

 奥まった分かりづらい場所に東照宮はある。小さな神社で、地図にもはっきり載っていないくらいだ。東照宮前というバス停があって、やっと分かった。案内標識のようなものは見なかった。

浜松2-7

 入口の脇に、曳馬城跡という石碑が建っているようだけど、意識してなかったせいもあって、目に入らなかった。
 場所としては間違いなくここに浜松城の前身である曳馬城があったようだ。
 パッと見て、特にこれといった特徴のない街の神社だ。日光東照宮のような華やかさはなく、きらびやかでもない。訪れる人も多いようには思えない。

浜松2-8

 創建は明治17年と新しい。浜松藩代だった旧幕臣の井上八郎が発起人となり建てられた。
 当時はどれくらいの大きさがあったのか、よく分からない。
 昭和20年の空襲で社殿などはすべて燃えてしまい、現在の社殿は昭和34年に再建されたものだ。
 浜松は軍の施設がたくさんあったところでもあったのだけど、地理的な理由の方が大きかった。名古屋や東京を空襲するついでに爆弾を落とされて、ひどい目にあった。名古屋や東京を空襲したあと、余った爆弾を浜松に捨てるように落としていったという。海に近いこともあって、海岸線は艦砲射撃でやられた。おかげで浜松は焼け野原となって、古い建物はほとんど残っていない。

浜松2-9

 拝殿脇に東照宮らしさの片鱗を見た。漆喰の狛犬は、色がはげ落ちてよく分からなくなっている。
 梁には猫の彫刻もあるらしいけど、気がつかなかった。

浜松2-10

 樹皮がべろべろにはがれ落ちて、木肌がむき出しツルツルになった木。どうしてこんなことになってるのだろう。冬だから寒そうだった。

 五社神社もまとめて紹介しようと思っていたけど、ちょっと収まり切らなくなった。また次回ということにしたい。

スポンサーリンク

関連記事ページ
コメント
非公開コメント

トラックバック

http://utusemibiyori.com/tb.php/1699-328e0610