浜松は想像以上に都会だった - 現身日和 【うつせみびより】

浜松は想像以上に都会だった

浜松交差点の四人

 浜松といえば浜名湖。その他はというと、うなぎパイ? 浜名湖パルパル? くらいの知識とイメージしかなく、実際に行ってみたら想像以上に都会で驚いた。申し訳ない、浜松と謝りたいくらいだった。
 掛川は花鳥園によく行っていたのだけど、浜松は昔、浜名湖に行ったことがあるくらいで、実質、このときが初めてのようなものだった。
 浜松市が政令指定都市だというのも帰ってきて初めて知ったことだった。人口80万人を超えている。50万人を超えて政令指定都市になっているのは日本全国でも20市しかない。その中の一つとなれば、それはもう立派な大都会だ。
 この日、浜松での主な目的は中田島砂丘(地図)へ行くことだったのだけど、その前に少し時間があったので、浜松城(地図)へ行ってみることにした。街を見ながらぷらぷら歩いていくにはちょうどいい距離だ。ゆっくり歩いて30分くらいだろう。

 浜松の街は外国人が多い。名古屋よりも多い印象だった。白人から黒人まで幅広く、観光客という感じではない。浜松在住といった風情だから、この街で仕事をしている人たちだろうか。電車の中では日本人に仕事についての説明を受けている黒人のアメリカ人らしき人もいた。
 浜松といえばなんといってもピアノが有名だ。ピアノ生産全国シェア100パーセントというから驚く。ヤマハと河合楽器とローランドの三大メーカーが浜松に集中している。
 ホンダが浜松でオートバイを作っていて、オートバイ産業の中心地だった時期もある(今はそうでもなくなったようだ)。
 江戸時代以降は綿織物の産地として栄えた。
 歴史的に見ると、縄文時代の早い時期から人が住み始めた土地で、家康が浜松城を築いて以降は城下町となり、江戸時代は東海道の宿場町となって、現在に至っている。
 駿府城があった静岡市と、浜松城があった浜松と、今日の静岡の基礎は家康に負うところが大きい。そのあたりについては、浜松城のときにもう少し詳しく書きたい。

 浜松城に登って自分も出世したいと願うべきか



浜松の街並み

 赤いバスは、まちなか循環バスくるるだ。最近、こういう観光スポットを巡るバスが増えた。一乗車100円とか200円のものがほとんどで、上手に活用すると旅先での移動が便利になる。
 北エリアの右回りと左回りと南エリアコースがあるようで、中央を縦断している遠州鉄道が行かない周辺部を補完している。これで行けば浜松城も近い。
 右奥に見えている高い建物は、浜松のランドマークとなっているアクトタワーだ。アクトシティ浜松という複合施設の一部で、ハーモニカをモチーフにしているらしい。
 212メートルのタワーで、1994年にできている。



旧東海道の案内板

 駅の西を縦に走っている広い道路が旧東海道。現在は152号線となっている。
 交通量が多い普通の道路で、宿場町としての面影はほとんど残っていない。跡地に説明板が立っているだけだ。
 往時は本陣が6軒、旅籠が94軒もあったというから、大きな宿場町だった。写真の場所も本陣の一つがあった場所という。



商店街の風景

 駅の西側に何本か商店街というのか、繁華街の通りがある。
 浜松城の城下町と駅周辺の区画はあまり整備されていないようで、東西南北の感覚がやや分かりづらい。歪んでいるというか傾いている。少し道に迷った。



繁華街の通り

 行き帰りで繁華街の通りを歩いてみた。
 昔ながらの商店街が寂れているというふうではなく、それなりに新しい店舗が並び、賑やかさと華やかさを感じさせる。それでもバブルが弾けて以降、活気がなくなったという。



小学生たち

 浜松の小学生と、向こうを走っていくのは、たぶん遠鉄バスだ。



浜松松竹ビル

 浜松松竹ビル。あの松竹のビルなのだろうか。
 銀座ライオンが入っている。
 東京にある浜松町は、あのあたりの名主をしていた人物が浜松(遠州)出身だったことから来ている。最初、芝浜松町と名づけられ、のちに浜松町となった。



路地の風景

 どの町へ行っても、いい路地裏があると反射的に撮る。細ければ細いほどよく、生活感があれば尚よい。


古いビル

 歴史的建造物のような耳鼻科の建物。
 まだやっているんだろうかと近づいたら貼り紙があって、建物老朽化のため他に移ったと書かれていた。



細いビル

 すごく細い四階建てのビル。部屋はどうなっているのだろう。



柳川鍋の店

 柳川鍋と鰻蒲焼きの店らしい。
 浜松は浜名湖があってうなぎが名産品だというのは分かるけど、柳川鍋も名物なんだろうか。どじょう鍋というと、江戸の名物で、今でも東京には「駒形どぜう」などの有名店がある。
 この通りは、五社神社の参道だから、この店は歴史のあるところかもしれない。
 五社神社についてはあらめてとしたい。

 神社レーダーが反応した五社神社



閉鎖した店

 商店街からは外れたところにある銃砲火薬店。もう営業はしていないようだ。こんな場所で商売になったのだろうか。そもそも何を売ってたんだろう。普通に鉄砲類を売っていたのか、火薬類で何か需要があったのか。



遠州教会

 教会を見つけたので撮ってみる。遠州教会というところらしい。

 今回の写真だけでは浜松の姿はほんの一部しか伝わらないだろうけど、私が見た浜松はこんな街だった。もう少し都会度を強調すればよかったと、あとになって思ったけど、訪れたときはこんなに都会だとは思ってないからちょっと面食らったというのもあった。
 浜松城や神社関係についても続けて紹介していくことにしたい。
  
【アクセス】
 ・JR東海道本線/東海道新幹線「浜松駅」下車。
 
 浜松市webサイト
 浜松市観光情報サイト
 井伊直虎「おんな城主 直虎」NHKサイト
 

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コメント
非公開コメント

名古屋の人が周辺都市に行くことは、身内でもいない限りあまり無いでしょうね。
浜松は産業で成り立っている都市なので、人口規模に比べ中心街が発達していません。地下鉄もありません。いわゆる郊外型都市です。

2017-10-04 02:22 | from -

浜松は好きな街



 こんにちは。
 浜松については悪い印象を持っていたわけではなく、私が知らなすぎただけで、実際に行ってみたらいい街でした。
 産業の街というだけでなく、観光地としても魅力的だと思います。
 中田島砂丘もよかったし、このときとは別の日に天浜線の旅もしました。
 中田島砂丘はもう一度行くことになりました。
 また行きたいと思ってます。

2017-10-04 19:36 | from オオタ | Edit

No title

元中島銃砲店は、新撰組の生き残りだった武士が起源です。
幕末の動乱を生き抜いた後の半生が、この店の成り立ちです。

2017-10-05 17:43 | from -

街の歴史



 こんにちは。
 元中島銃砲店にはそんな歴史があったんですか。
 教えていただかなければ分からなかったことです。
 どうもありがとうございます。

 新撰組の生き残りというと、永倉新八や斎藤一がよく知られてますが、有名ではなかった隊士たちも明治の世を生きていたんですよね。

2017-10-06 21:18 | from オオタ | Edit

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