大豊神社に立ち寄りつつ哲学の道を歩く <京都歩き第7回> - 現身日和 【うつせみびより】

大豊神社に立ち寄りつつ哲学の道を歩く <京都歩き第7回>

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PENTAX K10D+TAMRON 28-75mm f2.8



 平安神宮をあとにして、次に向かったのは銀閣寺方面の哲学の道だった。
 丸太町通をとぼとぼ歩いていると道の反対側に立派な神社があった。表から見てもなかなか雰囲気のある神社で、由緒ありげだったのだけど、まだ先は長いということで、外から写真を撮っただけだった。ちょうどいいタイミングで親子が出てきてくれて、この写真を撮れただけで満足してしまったというのもある。
 平安遷都をしたとき、桓武天皇が平安京の守りを固めるため四方に造らせた神社の一つで、東方面担当だったとのことだ。やはり歴史のある神社だったかと、帰ってきてから調べて納得した。
 祭神はスサノオ。
 昔はこのあたりは野原のようなところでウサギがたくさんいたとのことで、ウサギがこの神社の使いとなっている。境内にはウサギの像などがいるようだ。
 ウサギの神社といえば、大津の三尾神社もそうだった。卯年には大勢の参拝客が訪れるに違いない。
 子授けや安産のご利益があることでも有名なんだとか。

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 哲学の道に辿り着いてすぐ、また神社を見つけた。入るかやめるか考えて、ここは入ることにした。なんとなく気まぐれで。
 大豊神社とある。中日の大豊を思い出したけど、読み方は「たいほう」ではなく「おおとよ」だった。一本足打法とは関係がない。

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 参道脇に店があって、食べ物屋さんかと思ったら和服が店先に出ている。何屋さんかよく分からないけど、食べ物屋ではなさそうだ。
 すぐ隣にノートルダム女学院の中学、高校がある。そこの生徒さん目当ての店かもしれない。

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 哲学の道の南端に近いところで、哲学の道はそれなりに人が歩いているけど、奥まった神社を訪れる人は少ないようだ。私の他には誰もいなかった。このあたりまで来ると、もう観光地からはだいぶ外れている。
 人がいないというだけでなく、境内は静かで落ち着いた雰囲気だった。こういう空気感の神社は好きだ。

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 椿ヶ峰を御神体として、平安時代前期の887年に山中に創建されたのが始まりだそうだ。その頃は、椿ヶ峰天神と称していたらしい。
 平安中期に今の地に移されて、大豊神社となった。なかなか古い歴史を持つ神社だ。
 祭神はスクナヒコナ(少彦名命)。
 オオクニヌシが国作りをするとき、海の彼方から頼まれもしないのにやって来て手伝った神様だ。
 どういう経緯でスクナヒコナが祭神として選ばれたのか、そのあたりの調べがつかなかった。
 スクナヒコナを祀る神社は、関西に集中している。関東にもいくつかあるけど、中部地方では馴染みがない。

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 スクナヒコナの盟友ということで、大国社にオオクニヌシが祀られている。
 ここでは狛犬の代わりにネズミが守っている。狛鼠だ。
 オオクニヌシはピンチでネズミに助けられたことがあり、以来ネズミがオオクニヌシの守り神になった。
 オオクニヌシは地上の王となった神だけど、もともとは大勢の兄貴たちにいじめられるいじめられっ子だった。因幡の白兎の話は有名だから知ってる人も多いと思う。
 オオクニヌシの兄貴たちは、因幡に八上比売(ヤガミヒメ)という絶世の美女がいると聞き、みんな揃ってプロポーズをするために因幡へ向かうことにする。そのとき、弟のオオクニヌシは荷物持ちとして連れていかれることになった。
 現地に着くと、砂浜でサメに皮をはがれたウサギが瀕死で転がっていた。ウサギは兄貴たちに助けを求めるが、からかって嘘を教え、更に傷が悪化してしまう。
 遅れてきたオオクニヌシがその様子を見て、本当の治療方法を教えてあげるとウサギはすっかりよくなり、ヤガミヒメは兄貴たちではなくあなたを選ぶでしょうと言い、実際その通りになる。
 しかし、怒った兄貴たちはオオクニヌシを袋だたきにして殺してしまう。嘆いた母親が神様に頼んで復活する方法を教えてもらい、オオクニヌシは生き返る。
 けど、このままではまた身が危ないということで、オオクニヌシは黄泉の国にいるスサノオに助けを求めに行く。
 そこで出会ったのがスサノオの娘、須勢理毘売(スセリビメ)だった。たちまち恋に落ちる二人。意外とちゃっかりしているオオクニヌシは、スセリビメと結ばれてしまう。
 これにはオヤジのスサノオが腹を立てた。オオクニヌシはいくつもの意地悪い試練を与えられることになる。それに救いの手を差し出すスセリビメ。スセリビメの機転でなんとか難を逃れるオオクニヌシ。更に追い打ちをかけるスサノオのオヤジ。あわや絶体絶命というところで救ったのがネズミだった。
 助かったオオクニヌシはスセリビメと共に地上世界に駆け落ち。やれやれよかったと喜んだのも束の間、次に待っていたのはヤガミヒメとの泥沼の三角関係だったのだけど、それはまた別の話だ。
 とまあ、そんなわけで、オオクニヌシといえばネズミ、というのはこんなエピソードから来ているのだった。

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 このとき、ロウバイの蕾が開きかけていた。今頃はもうすっかり咲いている頃だろう。
 椿ヶ峰の名前の通り、椿もたくさん植えられているようだ。他には梅や桜、紅葉のちょっとした名所にもなっているそうだ。

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 黄色い実は何だろう。あまり見覚えがない。

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 哲学の道では、カップルがみんな手を繋いで歩いている。
 たまたまだったのか、5組見て5組とも繋いでいた。京都では手を繋ぐことがスタンダードなのか、哲学の道で流行っているだけなのか、よく分からない。
 散歩するにはいい道だ。

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 ベンチで本を読む人。哲学っぽい。
 のちに哲学者となる西田幾多郎がいつもこの道を考え事をしながら歩いていたことから哲学の道と名づけられたとされている。昔は思索の小径とも呼ばれていたらしい。
 桜並木になっているから、やはり季節は春が最高だろう。

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 カップル率高し。

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 ランニングをしている学生もいる。

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 北上して、銀閣寺に近づくにつれて観光客の姿も増えていく。
 銀閣寺前はけっこうな賑わいを見せていた。私は銀閣寺には寄らず。
 このあとの目的地は、下鴨神社だった。時間的にもそこが北上の限界だった。
 この京都シリーズも残り2回となった。

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コメント
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名古屋では手をつながないのですか?

2010-02-06 22:35 | from 真弓の実

哲学の道だからなのか

★真弓の実さん

 こんにちは。
 名古屋でも、京都でも、東京でも、もちろん手つなぎカップルはたくさんいるんだけど、哲学の道で見たカップルがみんな決まりのように手をつないでいたのが面白かったのでした。各年齢層で。
 京都の他のところではそうでもないのに、哲学の道を歩くときは手をつなぎたくなるのかな、とか思ったりして。

2010-02-07 01:16 | from オオタ | Edit

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