祇園から平安神宮までまだまだ歩く <京都歩き第6回> - 現身日和 【うつせみびより】

祇園から平安神宮までまだまだ歩く <京都歩き第6回>

京都歩き6-1

PENTAX K10D+TAMRON 28-75mm f2.8



 祇園へ行って、祇園を見たい、と思っていた。けど、具体的にどこへ行けば祇園らしい光景が見られるのかは、よく分からなかった。八坂神社の西前に、祇園交差点があって、西の鴨川沿いに祇園四条駅がある。そのあたりだろうということだけは見当をつけて、あとは現地に行って歩いて探すしかないと考えていた。
 実際に歩いてみて、四条通を挟んで南側は花見小路沿い、北側は白川沿いが祇園らしさが感じられる場所だということを知った。他にもあるのかもしれないけど、たぶんこのあたりが祇園を代表する光景なのだと思う。上の写真は白川沿いの風景だ。テレビなどで見覚えがあるという人も多いんじゃないだろうか。
 おあつらえ向きに登場すべき人物が登場している。映画かドラマの撮影でもしてるのかと思ったほど出来すぎの光景だ。
 帰ってきて調べたところ、祇園は八坂神社の門前町として発展した街なんだそうだ。西の四条通沿いに飲食店などが集まったのが始まりで、そこからだんだん花街と呼ばれるような歓楽街へと変貌していったという流れのようだ。
 舞妓さんと芸子さんの違いなどもよく分からなかったので少し勉強してみた。
 簡単に言うと、若い見習が舞妓で、一人前になると芸子になる。ただ、ちょっとややこしいのは、舞妓、芸子というのは関西風の呼び名で、関東では芸者になるということだ。関東での見習いは半玉と呼ぶそうだ。芸子も、関西では芸妓(げいこ)という字が使われることが多いらしい。
 一般的にそれらの人々の総称として、芸妓(げいぎ)という呼び名が使われている。
 地方によってもいろいろ違いがあって、京都では中学を卒業するくらいから踊りや楽器の稽古を初めて、20歳くらいになるとお披露目をして芸子になるとのことだ。たまたまこの前テレビでやっていたのだけど、名古屋にも舞妓、芸子はいて、名古屋の場合は18歳から始めても舞妓になれるんだとか。
 舞妓と芸子の見た目の違いとしては、単純に派手な衣装を着ていたら舞妓さんで、おとなしい着物なら芸子さんと思っておけば大きく間違わないと思う。舞妓は自前の髪の毛で、芸子はカツラという違いもあるらしい。
 ということで、上の写真は芸子さんだと思う。

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 白川の流れとお茶屋さんが並ぶ風景。
 ここはなんといっても桜の季節だ。特に夜桜がいい。シーズンになるとテレビで紹介されることも多い。
 すごい人混みだとは思うけど、一度見てみたい。

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 別の芸妓さん登場。
 舞妓さんか、芸子さんか、どちらだろう。派手か地味かといえば、どちらとも言えるけど、たぶん芸子さんだ。
 この左手に有名な辰巳神社がある。

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 白川南通から一本北に入った新橋通。
 ここもなかなか雰囲気があっていい通りだ。白川通とともに町並景観保存地区に指定されている。
 お宅の方が雑巾で拭き掃除をしていた。ご苦労様ですと声をかけたくなる光景だった。

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 和を感じさせる屏と影の風景。最近、よくこういうのを撮っている。

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 お寺のような民家なのか、やっぱりお寺なのか。
 20年くらい前なら、こういう家屋ももっとたくさん残っていただろうに。

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 間口が狭く、奥行きがあるところから、うなぎの寝床と呼ばれる京都の町屋。
 間口の広さで税金が決められたから、わざと間口を狭くした造りにした、とよく言われる。けど、これは俗説で、本当はそんなことはないらしい。密集地にたくさん家を建てるために必然的にこうなっただけのようだ。
 京都の町屋も、年に1,000軒くらいずつ減っていっているそうだ。京都もだんだん京都らしさを失いつつある。

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 祇園から北東に向かって歩き、京都市動物園の前を通りつつ、平安神宮の大鳥居の前へとやって来た。南禅寺も見たかったのだけど、今回はパスした。

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 100年やそこらでは神社仏閣としてはまだまだ若い。塗り直しもしているのだろうけど、まだ新しささえ感じさせる。 
 応天門を模した神門は、かなり立派なものだ。あと200年もしたら、もっと風格が出ていい感じになるだろう。

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 敷地はかなり広い。門をくぐって遠くに拝殿が見える。
 この拝殿は平安京大極殿を8分の5の大きさで再現したものだ。原寸大の本家は大迫力だっただろう。
「雲太、和二、京三」という言葉がある。当時日本でベストスリーの建物のことで、雲太は出雲大社、和二は東大寺大仏殿、京三が京都平安京の大極殿だった。
 大極殿は何度も焼けたり再建したりを繰り返して、最後は1177年の火事で焼けてそのままになった。

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 平安神宮は、平安遷都1100年記念として、明治28年(1895年)に創建された。京都の中でも新参の神社だ。
 祭神は、平安京に遷都した桓武天皇。
 昭和15年に、孝明天皇も合祀された。なんで孝明天皇なんだろうと思ったら、幕末の天皇で、明治からは皇居が東京に移ったから、京都最後の天皇ということで平安神宮に祀られることになったのだった。

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 山肌がはげていて、大の字が見える。大文字焼きの大だ。

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 鴟尾といってすぐに思い浮かぶのは、東大寺大仏殿だ。
 平安神宮にもいた。他にはどこで見ただろうか。
 中国から渡ってきたものが変化したもので、飛鳥時代にはすでに造られていたという。ここから更に変化して鯱になっていった。

 私の京都歩きは、ここらで半分を過ぎたあたりになる。あとは哲学の道から下鴨神社へ行って、御所から二条城というコースだった。
 まだもう少し京都シリーズは続く。

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