熱田神宮の成り立ちは思うほど単純じゃない <第一回> - 現身日和 【うつせみびより】

熱田神宮の成り立ちは思うほど単純じゃない <第一回>

熱田神宮西鳥居



 名古屋一の神社といえば熱田神宮ということでおおむね異論はないと思う。尾張国ではどういうわけか三宮の地位に甘んじたものの、歴史からしても、格式からしても、規模からしても、愛知県第一のお宮は、やはり熱田さんということにしておきたい。
 以前に一度、熱田神宮のことをこのブログで書いたことがある。あれは2006年のことだから、もうだいぶ前のことだ。あのときは表面をざっとなぞったような内容で、もう一度ちゃんと回っておかないといけないとずっと思っていた。今回は現時点での集大成として、3回に分けて熱田神宮全体について紹介したいと思う。

 いつものように19号線沿いの西の鳥居から入った。本来は南の鳥居から入るのが正式な参拝手順なのだろうけど、あまりこだわらなければ西から入ると本宮までの距離が近くなる。



熱田神宮菅原社

 西の鳥居をくぐってすぐ左手に、菅原社(すがはらしゃ)がある。小さい社だけど、学問の神様・菅原道真(すがわらのみちざね)を祀ったところということで、合格祈願などの絵馬がかかっている。
 熱田神宮と菅原道真は直接の関係はないと思う。でも、内外に43の摂末社を持つ大所帯だから、有名どころの神様はたいていいる。神様の百貨店のようなもので、ここに来ればどんなご利益も揃っている。



熱田神宮参道

 熱田神宮の空気は相変わらず軽い。この不思議な軽やかさはなんだろうと、いつも思う。歴史のある大きな神社で、これほど重々しさのないところは他にあまりないんじゃないか。
 逆に言えば、高圧的でない分、親しみが持てるというか、気軽に参拝することができる。本当に偉い人間が無闇に威張らないように、熱田神宮は威張ってないのがいい。



境内の名古屋コーチン

 熱田神宮に特定の神の使いというのはいない。せっかくヤマトタケルゆかりの地で、白鳥伝説があるんだから、池に白鳥を飼えばいいのにと思うけどどうだろう。
 放し飼いのニワトリは、一応神の使いということになるだろうか。伊勢の神宮にもいるから、熱田神宮でも飼っておこうということかもしれない。
 これはきっと、名古屋コーチンだ。ご当地ものとして、なかなか気が利いている。



熱田神宮大楠

 境内にはたくさんの大きな木があって、これは御神木になっている大楠だ。樹齢は1000年を超えるという。
 空海が熱田神宮を訪れたときに植えたという伝説が残っている。



熱田神宮西八百萬神社

 西八百萬神社だったか。祭神は西国坐八百万神という馴染みのない神だ。
 昔は熱田神宮も神仏習合の神社で、境内には神宮寺もあったそうだ。八百万神というから、これはそのときの名残のようなものかもしれない。
 今回はわりとメモ撮りをしてきたのだけど、記憶が定かではなくて、境内マップを見ても思い出せないところがある。
 東八百萬神社は撮り逃したようだ。



熱田神宮拝殿前

 拝殿前まで行ったところ、普段とは様子が違っている。拝殿が完全にシートで覆われてて、なんだこりゃと思う。かなり大がかりな工事中だ。
 なんでも創建1900年に向けて本宮その他の本格的な修繕中とのことで、2007年から2009年にかけて行われているとのことだ。知らなかった。確か、去年、夜ちらっと寄ったときは工事中ではなかったと思うのだけど、あれはもうおととしのことになるのだろうか。
 総工事費は35億円だそうだ。



熱田神宮特別参拝

 拝殿から拝めないということで、普段は入れない本宮前まで特別に入ることができた。これはかえって運がよかった。
 撮影禁止で残念ながら写真はないのだけど、さすがに本宮手前まで踏み込むと、緊張感が満ちている。明らかに境内とは空気感が違って、張り詰めていた。いいものを見せてもらった。

 ここで熱田神宮についてざっとおさらいしてみたい。
 祭神は熱田大神(あつたのおおかみ)で、この見解については意見が分かれている。
 一般に熱田神宮の御神体は、日本武尊(ヤマトタケル)が置いていって命を落とした草薙剣(くさなぎのつるぎ)そのものとされている。けど、熱田神宮側は草薙剣を御神体とした天照大神(アマテラスオオミカミ)としているようだ。
 草薙剣は天皇の三種の神器の一つであり、天皇家の氏神である伊勢の神宮と熱田神宮は同格なのだから、祭神もアマテラスであるべきだというのが熱田神宮側の見解だ。
 あるいは、草薙剣はヤマトタケルのものだから、ヤマトタケルこそが祭神だという説もある。
 熱田神宮については、いろいろややこしいところがあるというか、歴史的に屈折している部分があって、謎も多く、詳しく説明しようとすると長くなる。そもそも草薙剣とはどういう剣で、それが誰のもので、どういう経緯で三種の神器の一つとなったのかというところから考える必要がある。
 神話の物語では、草薙剣は、ヤマタノオロチの尾から出てきた天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)だったということになっている。
 神生みのイザナギとイザナミの子供がアマテラスであり、スサノオ(須佐之男命)であり、正確に言うと、イザナミを追いかけて黄泉の国(よみのくに/根の国)から逃げ帰ったイザナギが、黄泉のケガレを洗い流したときに左目から生まれたのがアマテラスで、右目から生まれたのがツクヨミで、ツクヨミは夜を支配する神となったと『古事記』にはある。更に鼻からスサノオが生まれる。
 アマテラスはスサノオに、高天原(たかあまはら/天上界)を治めるように命じたのだけど、スサノオは母親恋しさにふてくされて大暴れしてアマテラスを困らせてしまう。高天原もちっとも治めようとしない。
 アマテラスは悲しんで天岩戸に隠れてしまい、世界は暗くなり、スサノオは高天原を追放されてしまった。
  葦原中国(あしはらのなかつくに/地上界)に追放されたスサノオは、このあと改心する。出雲の国に辿り着いたとき、ヤマタノオロチの生け贄になろうとしていたクシナダヒメを助けるべくヤマタノオロチと戦い、これを打ち破り、そのとき尾から出てきたのがのちに草薙剣となる天叢雲剣だった。
 ヤマタノオロチというのはもちろん象徴で、出雲の国にいた豪族なり、のちに天皇家となったアマテラス側から見て敵ということになると思う。だとすれば、ちょっとおかしくないだろうか。敵を倒してぶんどった剣が、何故のちに天皇の継承に必要な三種の神器になったのか。それがどうして尾張の熱田神宮の御神体となっているのか。
 このへんは非常に複雑な事情や経緯があるから、次回あらためて書くことにしたい。
 ヤマタノオロチを退治したスサノオは、クシナダヒメと結婚し、戦利品の天叢雲剣をアマテラスに献上した。
 それからしばらくはアマテラスの元にあった天叢雲剣だけど、天孫降臨の際に、アマテラスの孫であるニニギ(瓊瓊杵尊)に渡されて、八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)とともにアマテラスの御神体ということになった。
 その後も天皇家所有となっていた剣は、崇神天皇(紀元前148年~紀元前30年)の時代に、天皇家を離れて外で祀った方がいいということになり、紆余曲折があって、八咫鏡と一緒に伊勢の神宮に祀られることになった。どういうわけか、このとき八尺瓊勾玉は持ち出されず、のちのちまで天皇家所有となり、神社で祀られることもなかった。
 伊勢神宮の地が定まるまでに60年が費やされているのも不思議といえば不思議な話だ。
 垂仁天皇(紀元前69年~70年)の皇女ヤマトヒメ(倭姫命)がこれを受け持つこととなり、景行天皇の命を受けたヤマトタケルが東征へ行くときに借り受けて持っていくことになる。
 東征途中の駿河で、炎に包まれてピンチになったとき、天叢雲剣で草をなぎ払って助かったことから、草薙剣と呼ばれるようになった。
 故郷に帰る途中、尾張に寄って、婚約していたミヤズヒメと結婚をしたあと、伊吹山の怪物退治に素手で向かって命を落とし、残った草薙剣を祀るためにミヤズヒメが熱田に社を建てたのが113年のこととされている。
 とまあ、これが表向きの熱田神宮創建にまつわる物語だ。次回は、これを踏まえた上で、もう少し突っ込んで草薙剣や三種の神器について考えてみたい。
 こういう経緯があって、相殿には、アマテラス(天照大神)、スサノオ(素盞鳴尊)、ヤマトタケル(日本武尊)、ミヤズヒメ(宮簀媛命)、タケイナダネ(建稲種命)が祀られている。関係者総出演といったところだ。
 タケイナダネというのは、ミヤズヒメの兄で、ヤマトタケルが東征へ行くときに副将軍として参加し、駿河の海で命を落としている。
 そのとき、ヤマトタケルはああ、うつつかな、うつつかなとつぶやいたという話を春日井の内々神社(うつつじんじゃ)を紹介したときに書いた。
 夢かうつつか内々神社とヤマトタケルとタケイナダネの話

 熱田神宮本宮の社殿は、かつて尾張造というこの地方特有の建築様式で建てられていた。現在残っているものとしては、津島神社の社殿が尾張造だ。
 信長、秀吉も大事にした津島神社へ行ってスサノオと友達になっておこう
 実は、熱田神宮と天皇家との関係性もなかなかに複雑なものがあって、歴史的にもやや謎めいている。
 現在の熱田神宮は、伊勢の神宮に次ぐ日本第二の神宮ということになっている。それほど高い格式の神社という認識はあまり一般的ではないと思うのだけど、それも明治に入ってからそうなっただけだ。
 熱田神宮という名称になったのは、明治元年のことで、それまでは熱田神社だった。このとき、官幣大社に格が上がり、熱田神宮側も強気になった。三種の神器の一つを持っているのだから、伊勢の神宮と同格であるべきと主張したのだ。しかし、このときは却下されている。
 その後、明治22年に再び国に訴えて、それが聞き届けられることとなる。とはいえ、同格というと何かと不都合も出てくるので、伊勢の神宮に準じるということになり、それなら社殿も伊勢の神宮と同じく神明造に建て替えようということになった。
 社殿は明治26年に完成するも、第二次大戦の空襲で消失してしまった。現在の社殿は昭和30年に再建されたものだ。
 明治まで社殿が尾張造だったことを見ても、熱田神宮と天皇家の関係性は微妙なものが感じられる。草薙剣の物語が今に伝わるようなものだというなら、熱田神宮創建のときにもっと皇室色が強いものとなっていたのではないだろうか。どうも熱田神宮というのは、この地方の豪族・尾張氏との関係の方が強いように感じる。近くの古墳群などからしてもそうだ。
 もしかしたら、草薙剣とアマテラスの物語は、草薙剣を天皇家の三種の神器として取り込む過程で、あとから作られた話だったのかもしれない。
 少なくとも、最初は天皇継承に必要な神器という性格のものではなかった。アマテラスの御神体というなら、いくら天皇の息子とはいえ、実戦用に気軽に貸し出すとは思えないし、ヤマトタケルも、それを置いて出かけたりはしないだろう。ヤマトタケルが景行天皇の継承者として認められた形跡もない。
 これが天皇家の象徴的な存在となっていくのは、天智天皇、天武天皇あたりからなのだけど、そのあたりのことは、また次回に続くということにしたい。



熱田神宮授与所

 授与所も工事中で、拝殿前の広場に仮小屋を建てていた。



熱田神宮神楽殿

 これはたぶん、神楽殿のあるあたりだと思ったのだけど、工事中でフェンスもあって、近づくことができなかった。
 この奥に清水社というのがあって、そのそばに楊貴妃の墓があったという話が伝わっている。かなり突飛な話で信じがたくはあるのだけど、楊貴妃が日本に渡ってきていたという伝説は確かにあって、それなら熱田に墓があってもいいんじゃないかと思わないでもない。日本各地にそういう話がけっこうある。



熱田神宮西楽所

 西楽所。
 1686年に5代将軍綱吉が再建したもので、かつては向かいに東楽所も建っていたらしい。今は西楽所しか残っていない。
 5月1日の神楽神事はここで行われているそうだ。



熱田神宮信長塀

 信長塀。
 桶狭間の戦いの前に、熱田神宮で戦勝祈願をした信長は、もし戦に勝ったら屏を奉納すると約束して戦いに望み、勝利のあと実際に奉納したのがこの屏だと言われている。
 同じような屏が何ヶ所かにあるのだけど、全部がそうなのか、ここだけなのかはよく分からない。
 兵庫西宮神社の大練塀、京都三十三間堂の太閤塀とともに日本三大土塀の一つとされている。




 大幸田神社(おおさきだじんじゃ)。
 祭神は、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。五穀の神。
 別名、大福田。



熱田神宮内天神社

 内天神社(うちてんじん)。
 少彦名命(スクナビコナノミコト)を祀っている。
 オオクニヌシが国造りをするときに力を貸した小さな神様で、海の向こうから天乃羅摩船に乗って現れた。
 なんとなく、UFOに乗ってやってきた小さな宇宙人を思わせるエピソードだ。



熱田神宮六末社

 六末社。
 乙子社(おとごしゃ)は弟彦連。姉子神社(あねごじんじゃ)は宮簀媛命。今彦神社(いまひこじんじゃ)は建稲種命。水向神社(みかじんじゃ)は弟橘媛命。素盞鳴神社(すさのおじんじゃ)は素盞嗚尊。日長神社(ひながじんじゃ)は日長命。

 第一回目はこれくらいにしておこう。まだ先は長い。
 つづく。

 草薙剣をめぐる右往左往物語 <熱田神宮第二回>
 草薙剣があってもなくても熱田にはたくさんの神がいる <第三回>
 
【アクセス】
 ・地下鉄名城線「神宮西駅」下車。徒歩約5分。
 ・地下鉄名城線「伝馬町駅」下車。徒歩約6分。
 ・名鉄名古屋本線「神宮前駅」下車。徒歩約5分。
 ・JR東海道本線「熱田駅」下車。徒歩約12分。
 ・無料駐車場あり(400台分) 17時閉鎖(年末年始は使用不可)
 ・参拝時間 終日(無料)
 ・宝物館 300円 9時-16時半 最終水曜日定休(年末休館)
 
 熱田神宮webサイト
 

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コメント
非公開コメント

おお~、今近くまで入れるんですか!

おはようございます。
近所のくせに、知りませんでした^^;
そうそう、遷宮で段階的にどこかが使えなくなったりしているんです、一昨年から。神事も本来の場所ではないところで開催されることもありまして。
それと歴史とはちと違うかもしれないですが、去年だったか名古屋博物館で昔の戦前・戦中の写真葉書を集めた展示があったのですが、消失する前の門や建物、熱田神宮のものも結構あって面白かったです。
栄・伏見の路面電車、昔の大須なんかもよかったですが。
で、熱田神宮はかなり戦争支援集会的な場所として色々使われてたみたいで、現在ひっそりした雰囲気になってるのはその影響もあるのかな?と素人考えをしました。
なんにしても、色々調べたり知ることは楽しいですね。
更新お待ちしてますー。

2009-06-01 09:08 | from あかね | Edit

古写真も楽しい

★あかねさん

 こんにちは。
 あかねさんは熱田近辺にお住まいなんですね。
 うちは名古屋の東北のはずれなんで、そっちは遠くてめったに行かないのです。
 本宮前に近づくチャンスなんで、近ければ一度ぜひ。
 ピリッとした空気感に、やるなという感じでした。

 古写真も面白いですよね。
 ネットとかでもたまに見るんだけど、知ってるところだと思い入れもあって楽しい。
 でも、昔の建物を見ると悔しい。名古屋城も国宝だったのに。
 アメリカ軍め、と思ってしまう。(^^;
 私は、今でもお堀電車が走ってて欲しかったです。
 もう少し存続していたら、実際に乗って覚えていられたかもしれないのに。

2009-06-02 02:41 | from オオタ | Edit

スサノオ神話の源流

 島根県安来市は高級特殊鋼の名産地として有名ですが、そこには機械の古語である嘉羅久利(カラクリ)神社があります。古代出雲は機械の発祥地でもあったのか?

2016-10-13 13:52 | from 神話ロマン愛好家

出雲国

>神話ロマン愛好家さん

 こんにちは。
 コメントいただきありがとうございます。
 愛知県にもスサノオを祀っている津島神社があるのですが、スサノオといえばやはり出雲国ですよね。
 私はまだ山陰地方へ行ったことがないので、機会があれば一度行かなければと思ってます。
 現地に行って、神社を巡ってみると、出雲神話も実感として理解できる部分がいろいろ出てくるんでしょうね。
 山陰は日本海で朝鮮半島や大陸とつながってるから、早くからあちらの物や人が流入してきたいたんだろうし、石見銀山なんかもあるし、興味深い土地だと感じてます。

2016-10-14 00:58 | from オオタ | Edit

航空機・自動車部品の一貫生産による共同受注体制の確立をめざす県内中小企業グループ「SUSANOO」の発足

 ここ島根県東部(安来・松江市)にある特殊鋼産業集積地ではこんなことをやっています。歴史は連綿と続くのですね。

2016-11-20 18:44 | from 島根県人

出雲の人

>島根県人さん

 こんにちは。
 コメントいただきありがとうございます。
 島根県の人たちの中では今もどこかにスサノオがいて、それがずっと続いているのかもしれないですね。
 出雲という土地は特別なものだから、そこで暮らす人たちも他とは違ったメンタリティーを持っているんだろうなと想像します。

2016-11-20 23:08 | from オオタ | Edit

古事記に魅せられて

 気持ちわかります。熱田神宮への親しみからくる出雲への憧れ。スサノオのミコトはどこにいたのでしょうね?

2016-11-25 20:54 | from たたら製鉄ファン

熱田さんとスサノオ

>たたら製鉄ファンさん

 こんにちは。
 熱田神宮は好きでちょくちょく行くのですが、なんとなく捉えどころのない神社という気もしています。
 清浄だけど厳かなところがない。
 成り立ちについても、祭神についても、謎が多いですよね。

 スサノオはとても人間くさいところがあって、ユニークな存在の神と感じます。
 出雲の人たちにとっては他県の人間よりも親しみを感じてる存在なのでしょうか。
 ヤマトタケル同様、モデルとなった人物はいたのかな。

2016-11-27 00:36 | from オオタ | Edit

大晦日行ってきます

 熱田神宮は神世出雲の伝統を引き継いだ、スサノオノミコトの神域でもありますのでその最古の特殊鋼である草那芸之大刀の御利益はまたひとしおです。

2016-12-31 20:10 | from 大同町在住

熱田さん

>大同町在住さん

 こんにちは。
 熱田神宮、行かれたんですね。もしかしたら熱田さんで年越しでしょうか。
 私も熱田神宮は好きでちょくちょく行くのですが、大晦日や三が日に行ったことがないのでした。今日、明日はけっこうな賑わいなんでしょうね。
 それにしても、熱田神宮というのは不思議な神社だと思います。創建年にしても、誰が創建したのかも、今ひとつはっきりしてないし、神社としての性格もやや捉えどころのない感じを受けます。

2016-12-31 22:12 | from オオタ | Edit

荘厳なYSS ヤスキハガネ

 だからサハシさんやミスミさんのような職人魂が生まれる町名古屋なんでしょうね。

2017-01-08 19:29 | from プレス金型屋

よく聞くプレス職人の思い

 それは日本全国のプレス金型職人さんが日立金属の特殊鋼を愛好していることと通じるところがあるのではと思います。

2017-01-08 20:05 | from ミスミ

職人の心

>プレス金型屋さん

 ものづくり愛知というスローガンがありますが、名古屋にも優れた技術を持った中小企業がたくさんあるんでしょうね。

>ミスミさん

 私はそれらの分野には疎いのですが、ドラマ「下町ロケット」で職人魂の一端を見た気がしました。

 猿投神社に奉納されている左鎌のことを思い出しました。多くの企業名で奉納されていて、そういう御利益もあるんだと思ったのでした。

2017-01-08 23:48 | from オオタ | Edit

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