空コレ2009第一弾 ---この空を届けたくて - 現身日和 【うつせみびより】

空コレ2009第一弾 ---この空を届けたくて

空コレ-1

Canon EOS 10D+TAMRON SP 28-75mm f2.8 他



 自分の気持ちがすでに春へ向かっているということもあってか、ここのところの空が冬から春へと移り変わってきているように見える。冬の厳しさがやわらいで、春の優しい空を予感させる。
 日常的に空を撮っていると、季節による表情の違いがだんだん分かるようになってくる。
 今日はそんな空写真を集めて並べることにした。一枚では特に意味がない空写真も、何枚か組み合わせると何か意味めいたものが出てくる。日常生活の中で見てる空も、様々な色や模様があることをあらためて知る。

空コレ-2

 空の表情は、色と光と雲の組み合わせによって決まる。
 時間帯によっても光の色は違うし、雲は刻々と姿を変えていく。
 一日中空を見上げていられるほど暇ではないけど、できるだけ気にするようにはしている。あ、いいなと思う瞬間は長く続かない。だから、いつでも写真を撮れるようにしておきたい。でも、撮れずに逃した空も多い。

空コレ-3

 これなどは、冬と春の間にしか見られないような空だ。薄くたなびく雲の感じが春っぽくて、空の高さは冬で、秋空とはどこか違っている。

空コレ-4

 夕焼け色といっても、文字通り色々で、オレンジもあれば黄色もあり、ピンクもあり、赤もある。夜の色が混じる紫も夕焼け色の一つと言える。
 たぶん、人それぞれ、頭の中にある夕焼け色のイメージも違っているのだろう。

空コレ-9

 冬空の楽しみの一つに、遠くの山の稜線がくっきり見えるというのがある。距離があるから、冬の澄んだ空気のときにしか見えない。
 今年になって初めて御嶽山が見えることを知って、毎日今日は見えるかどうか確認するのが楽しみになった。かなり条件がよくないと見えないから、見えると得した気分になる。

空コレ-5

 曇天の空もまた空だ。青空や夕焼けばかりが空じゃない。
 灰色一色だと面白くないけど、こんなふうに立体的な模様があると心惹かれて撮りたくなる。
 稲光を一度撮ってみたいと思いつつ、まだ撮ったことがない。春になればチャンスもあるだろうか。

空コレ-6

 街中へ行けば、空はビルや頭上を走る道路によって小さく切り取られる。
 こんな空を見ると、東京には空がないという高村光太郎の詩を思い出す。
 電線というのもなんとも無粋なもので、空を撮るときの一番の敵となる。

空コレ-7

 ドラマティックな夕焼け空は、郊外や田舎よりも都会の方が似合う。
 人類が築き上げた文明と、自然の驚異とのコントラストが絵になる。どちらも、私たちが今いる世界の現実だ。

空コレ-8

 緑地に沈む夕陽。街で暮らしていると、地平線に沈む夕陽を見ることはできない。
 見渡す限りの地平線の向こうに、大きな夕陽がゆっくり沈んでいく光景を、一生のうちに一度は見てみたいと思う。

空コレ-10

 尾張旭のいつもの場所で。
 広い夕焼け空を見たいときは、河原かここか、どちからへ向かうことが多い。
 今後はもっとたくさんの夕焼けポイントを見つけていきたい。

空コレ-11

 水に映る空。こんなところにも空はある。
 水が張った千枚田に映る夕焼け色というのも、撮ってみたい写真だ。
 春夏秋冬、それぞれの季節に楽しみはある。

空コレ-12

 静かな夕暮れ空。街の喧噪も、深い藍色の空に吸い込まれていきそうだ。

 空コレ2009第一弾はこれくらいにしておこう。これからも日常的に空を撮っていくだろうから、またある程度たまったところで第二弾をやろう。これ以外にもまだまだ空にはいろんな表情がある。
『世界の中心で、愛を叫ぶ』の中で、サクは空の写真を撮っては病室のアキに届けていた。
 アラーキーは、妻のヨーコを亡くしてから、空の写真ばかり撮って、空の写真集を亡き妻に捧げた。
 空の写真というのは、自分のために撮るものではないのかもしれない。私もまた、無意識のうちに、誰かに届けたくて撮っているのだ。この空を共有したくて。

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