完璧には記憶を再現できないから見慣れた光景を撮っておく - 現身日和 【うつせみびより】

完璧には記憶を再現できないから見慣れた光景を撮っておく

田舎風景1-1

PENTAX K10D+DA 16-45mm f4



 記憶というのは不確かなもので、頭の中にある思い出を取りだして見てみようとしても上手く再現できない。だから写真を撮るのかもしれない。写真に撮らなかった失われた風景は、もう二度と完璧には再構築できない。
 写真は未来の自分に対する贈りものだと気づいたとき、私は見慣れた風景をもっと撮ろうと決めた。ずっと未来で懐かしい光景というのは、旅先で見た感動的な場面ではなく、普段無感動に幾度となく目にしている光景に違いない。
 松阪に行った日に、田舎の丹生にも寄ってきた。あまり時間はなかったのだけど、ざっと一巡りして、写真を撮った。次はいつ行けるか分からないという思いで見る風景は、懐かしくて切ないものだった。

田舎風景1-2

 丹生大師についてはこれまで何度も紹介してきたから、今日は付け足すことはない。
 右手にある丹生神社についても、ある程度書いた。
 普段ならここで初詣をすることが多いけど、今年は地元の八剱神社でしてきてしまったから、大師さんには入らなかった。

田舎風景1-3

 昔はよくこの池に氷が張った。最近はどうなんだろう。
 池には鯉やら亀やらがたくさんいる。子供の頃は、そいつらにかっぱえびせんをあげるのが定番だった。

田舎風景1-4

 大師の門前には駄菓子屋風のお店があった。私がまだ子供の頃だ。
 あまり寄りつかなくなって以来、お店の状況がよく分からない。気づいたらもう店をたたんでいた。
 一番思い出深いのは、店先にあったガチャガチャだ。ミニカーのガチャガチャをさんざんやった。

田舎風景1-5

 子供の頃にはなかった、ふれあいの館。地元の野菜やおみやげ物などを売っている店だ。安いものは安い。高いものは高い。
 今回も弘喜堂のうづらの郷は売ってなかった。もう一般販売は終わってしまったようだ。
 お店の人も歳を取って、後継者がいなければ続いていかない。
 いつ行っても当たり前に買えたうづらの郷がやがて買いたくても買えなくなってしまうなんて、あの頃は想像すらしてなかった。

田舎風景1-6

 実質的な田舎の入り口。ここからの風景を見ると、ああ、田舎に帰ってきたと実感する。
 思い出の原風景の一つだ。ここは昔とほとんど変わってないように思うけどどうだろう。

 この続きは、また明日か、あさってに。
 つづく。

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