秋になると明徳公園のことを思い出して行ってみるのだけど - 現身日和 【うつせみびより】

秋になると明徳公園のことを思い出して行ってみるのだけど

明徳公園秋-1

PENTAX K100D+SMC Takumar 135mm f2.5 / Super Takumar 300mm f4



 久しぶりに明徳公園へ行ってきた。毎年秋になると、そういえばずいぶん明徳公園にも行ってないなと思いだして行くというのがここ数年続いている。去年行ったのは12月で、ほぼ一年ぶりとなった。
 車で10分もかからない近場だから、季節ごとに行ってもよさそうなものだけど、あそこは花も虫も少なくて、撮るものがあまりないから、そうそう行く気にならないというのがある。もう少し彩りを増やして魅力的な緑地公園にできないものだろうか。街中に残された自然環境を上手に生かし切れていないのがもったいない。
 今回の主な目的は渡りのカモだった。デジはK100Dを持っていったのだけど、レンズを間違えた。どうして300mmのTakumarを持っていったのか、自分でも分からない。SIGMAの400mmを持っていくつもりだったのに、300mmの450mm換算では、明徳池のカモには届かない。
 風景その他用として、135mmも持っていった。PENTAXマウントのマクロレンズをいまだに買えていない。

明徳公園秋-2

 どんぐりコロコロどんぐりこといったかわいいものではなく、どんぐりゴロゴロゴロゴロとやたら転がっていて、うっかりしてると、どんぐりに足を取られてすっころびそうになる。それに、ボトッ、ガキガキッと、絶えず頭の上から木々の間をどんぐりが落ちてくる。駐車場でもゴトッ、ゴトッと鈍い音をたててルーフの上に落ちてきて、慌てて場所を移動させたくらいだった。明徳公園ではどんぐり注意報が発令されている。
 どんぐりは何の木の実か知っているだろうか。コナラ?  ミズナラ? クヌギ?
 どれも正解だ。どんぐりというのは特定の木の実を指す言葉ではなく、殻斗(かくと)と呼ばれる帽子をかぶった堅い木の実のことを、どんぐりと言っている。学術的には、ブナ科の木の実の総称ということになる。
 他にも、カシワ、シラカシ、アカガシ、ツクバネガシ、ウラジロガシ、イチイガシ、オキナワウラジロガシ、アラカシ、アベマキ、ウバメガシ、マテバシイ、スダジイ、ツブラジイなどがある。一般人でそれらを全部見分けられるようになる必要はない。全部覚えてしまったら、もう一般人ではない。
 どんぐりに爪楊枝を差してコマ遊びをしていた昔は貧乏だったけど、懐かしくもある。

明徳公園秋-3

 ミゾソバの罠にはまってはいけない。この手の花を見て反射的にミゾソバだなと片付けてしまうと、実はアキノウナギツカミだったりママコノシリヌグイだったりすることがあるから油断ならない。花はよく似ていて区別をつけるのが難しい。たぶん、葉っぱで見分けるのだと思う。どうやって見分けるかまでは分からない。
 アキノウナギツカミの方が葉っぱが細い。ママコノシリヌグイは水辺や湿地に咲かない。だから、上の写真はミゾソバでいいはずだ。
 ナガバノウナギツマミとか、ヤノネグサとか、タニソバとか、花が似ているものは他にもある。

明徳公園秋-4

 これはイヌタデでいいと思うのだけど、ここにも罠がある。オオイヌタデ、サナエタデ、ニオイタデ、オオベニタデ、ハルタデ、ハナタデなどがある。
 そういう小さな差違に喜びを感じる人間しか植物学者にはなれない。そんなのみんな同じようなものじゃん、という大雑把な性格では向いていない。私は中間的な性格だと思うけど、それでもこういう区別は面倒くさい。記憶力にも問題があって、長期にわたって覚えていられない。

明徳公園秋-5

 私たちが子供の頃は、街中にセイタカアワダチソウが繁茂していて、秋になるとあちこちが真っ黄色に染まったものだった。公園だとか空き地だとか道ばたは、セイタカアワダチソウだらけだった。
 その頃は、これは毒草だというウワサがあった。花粉とか吸い込むと体に悪いだなどと脅されて、この花の近くでは息を止めるような思いだったのを覚えている。
 その後、自家中毒を起こしたとかで、街からセイタカアワダチソウの姿が消えた時期があった。駆除したわけでもないのに、勝手に滅んでいった。しかしながらここ数年、また少しずつ勢いを取り戻しつつある。絶滅したわけではなかったのだ。毒草云々という話は、たぶんでたらめだったのだろう。これが原因で病気になったなどという話も聞かない。

明徳公園秋-6

 ノコンギクか、ヨメナか、さあどっち?
 分からない。降参。
 たぶん、ヨメナだと思うけど、自信はない。
 細かい部分で見分けるポイントはいくつかあるようだ。ただ、カントウヨメナとかも絡んでくると、私にはお手上げとなる。

明徳公園秋-7

 ヒルガオでいいのかな。ユウガオは別物だろうし、ヨルガオという可能性もあったりなかったり。
 葉っぱがヒルガオ科っぽくないような気もする。セイヨウヒルガオだろうか。
 コヒルガオとかもあるし、ややこしいな。

明徳公園秋-8

 生き残りのクモ。虫類もめっきり少なくなった今、クモたちはハングリー・スパイダーになっていることだろう。待てど暮らせど、いっこうに獲物はかからない。そうやっておなかを空かせて、冬を越せずに死んでいくのだろうか。
 そう考えるとちょっと切ない。森を歩いているときにクモの巣が顔にかかってすごく不快でも、クモの方が大迷惑をしているということに思い至らないといけない。

明徳公園秋-9

 明徳池は魚を放流しているから、いつでも釣り人がいる。朝一番のバスで行って、日暮れまで釣っている。その勤勉さには頭が下がるくらいで、昼は弁当を食べて、一年360日以上通っている人もいるらしい。
 釣りも子供の頃好きでよくやっていたけど、今はもうやらない。魚が気の毒だ。魚は食べても釣りはもう二度とやらない。鯨の肉も食べない。

明徳公園秋-10

 たぶんカイツブリだと思う。他に確認できたのは、カルガモくらいだった。毎年数は多くないながらも、ここにはマガモやコガモなどが飛来する。珍しいカモはあまりいない。
 この日はカモの収穫はほとんどなかった。そういえば、いつもいるアヒルもいなかった。以前2羽いたやつが1羽になって、とうとういなくなってしまったんだろうか。

明徳公園秋-11

 露出を間違えてやけに暗くなってしまったら、それがかえって雰囲気のある写真になった。
 ローキーやハイキー写真は上手くはまると面白い写真になる。やりすぎると嫌味な写真になるから気をつけよう。

明徳公園秋-12

 急に夕焼けの写真と思うだろうけど、これは池沿いに建っている茶色っぽいマンションに西日が当たって、それが水面に映り込んでこんな色になっているだけだ。一部を切り取ると、ウソじゃないけど本当でもない写真になる。
 シルエットになっているカモは、遠すぎて正体が分からなかった。

明徳公園秋-13

 小学生の少年ども。最近の子供たちは学校帰りにみんなで何をして遊んでいるんだろう。自分がこの時代に何をして遊んでいたかは、よく思い出せない。「なんでも屋」と呼んでいる駄菓子屋にはよく行っていた。
 野球をしたり、家でみんなとゲームをしたり、他には何をしていたのか、誰と遊んでいたのかも覚えていない。
 別に嫌なことがあったわけでもないけど、一番戻りたくないのは小学生のときだ。小学校からやり直さなくてはいけないと思うと、うんざりしてしまう。現在の精神性で小学生生活には耐えられそうにない。見た目は子供、頭脳は大人のコナンくんのようには上手く演じられない。

明徳公園秋-14

 ひとけのない散策路で、たまに人と出会うと驚く。ここは犬の散歩の人もあまり多くない。そもそも訪れている人が多くない。駐車場は、仕事を怠けている風の勤め人でいつも賑わっている。

明徳公園秋-15

 禁止というくらいだから、掘っていく人が少なからずいるのだろう。

明徳公園秋-16

 行くたびに、相変わらず魅力不足なところだなという感想を抱いて帰ることになる。撮るべき被写体も少ない。夕焼けの小径とかなんとかいう道もあるのに、そちらは木々で視界をふさがれて、まったく夕焼け景色が見えない。せめてこちらに展望台でもあれば、夕焼けスポットとしてもっと足を運ぶのに。近くには大きな給水塔があったりして、ここからの夕景は絵になるはずなのだ。
 名古屋市としてはこれ以上の整備を考えているようではないから、明徳公園が今後劇的に魅力的になることはないだろう。
 私としては、この冬にもう一度くらいは行くことになるかもしれない。次はちゃんと600mm換算の望遠レンズを持って、カモや野鳥を撮りに行こう。

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