現身日和 【うつせみびより】

森林公園の散り葉撮り空振りで紅葉シーズン閉幕

散り葉撮り

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 紅葉シーズンの締めくくりとして散り葉撮りをするために森林公園へ行ってみるも、もはや紅葉は実質的に終わったあとだった。
 部分的にはまだ色づいたモミジが残っていたのだけど、散り葉撮りのメインポイントである展示館の東は、ほとんどモミジの葉が残っていなかった。完全に出遅れた。
 散り葉撮りに向いている条件は、モミジの葉がある程度残っていて、なおかつ葉の状態がよく、風のある日だ。よく晴れて光が強いほどいい。風が吹いたときにざーっと葉が舞い落ちてくるくらいでないとなかなか撮れないし絵にならない。ずいぶん待ってようやく一枚、二枚落ちてくるといった感じでは当てるのも難しいし、一枚葉では決定打にならないことはこれまでの経験から分かっている。
 結局、1時間ちょっとやってみたのだけど成果が上がらず、日没も近づいたところで切り上げることにした。今年の散り葉撮りはまったく収穫がなかった。
 とはいえ、せっかく行ったからには少しは撮りたいと、園内を歩きながら初冬の風景を撮った。今年の森林公園行きはこれが最後になるはずだ。



森林公園テーブルと紅葉モミジ




納屋と紅葉風景




赤モミジ




秋枯れの散策路




落ち葉の模様




落ち葉とベンチ




冬枯れの木




アブラナの咲き始め




サルスベリの実




展示館とメタセコイアの紅葉

 

スポンサーリンク

関連記事ページ

実はけっこうすごいお寺だった久国寺

久国寺入り口

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm



 名古屋市北区の久国寺(きゅうこくじ)は2006年に一度訪れたことがある。
 大晦日は久国寺に10億円の岡本太郎鐘をつきにいこう
 そのときは岡本太郎が制作した梵鐘があるということで出向いたのだけど、鐘に気を取られすぎて久国寺そのものをほとんど見ていなかった。
 あれから10年の歳月が流れ、今回再訪しようと思ったのは、浅野祥雲の観音像があることを知ったからだった。当時は浅野祥雲を知らなかったので観音像にも目がいっていなかった。そんなものがあったことにさえ気づいていない。
 名鉄瀬戸線の清水駅が最寄り駅になる。駅から歩いて7、8分だろうと思う。車なら無料駐車場がある。



久国寺本堂

 江戸幕府が開かれる前の1600年頃、三河岡崎にある松平家の菩提寺、法蔵寺から家康の守護仏を譲り受けた長国守養が楠山久国寺を創建したのが始まりとされる。
 江戸時代前期の1662年、安祥長盛和尚が今の場所に移して名古屋城の鬼門除けとした。その際、山号を天長山とあらためている。
 曹洞宗。
 岡本太郎の鐘によって知られているこの久国寺だけど、行基作と伝わる本尊の聖観音菩薩や、弘法大師作ともいわれる子育観世音菩薩などがあり、尾張徳川家ともゆかりのあったなかなかのお寺なのだ。
 江戸時代中期の天明年間(1781-1789年)に二度の火事で焼けるも再建され、明治時代までは数十人の雲水がこの寺で修行していたという。
 1945年、名古屋大空襲で全焼。古い建物は残っておらず、現在のお堂などは戦後に建て直されたものだ。



久国寺屋根の鳳凰




久国寺岡本太郎鐘

 岡本太郎の鐘については前回書いた。
 先代の住職が知り合いのつてを頼って依頼して制作してもらったというのが経緯のようだ。
 完成したのは1965年(昭和40年)だから、大坂万博(1970年)の5年前ということになる。尖った部分はトゲではなく人の手を表しているということで、のちに作られる太陽の塔に通じる部分が見てとれる。
 タイトルは「歓喜の鐘」。
「私は今までにない鐘、人が見たら、あっと腰を抜かすような鐘を作らなければならないと思った」と岡本太郎は語ったそうだ。この姿には依頼した住職も初めて見たときはびっくりしたことだろう。



岡本太郎鐘近接

 鑑定額は10億円。そんな鐘が無造作に吊されていることに少し驚くけど、こんなに重たいものはそう簡単に持ってはいけないから安心ということだろうか。
 このお寺、大らかなのか、触るなとも書いてないし、誰でも近づいて触りたい放題の状態になっている。さすられたからか、歳月のせいか、10年前と比べて表面の彫りが浅くなっていた。以前はもっと凹凸があって彫りもしっかりしていたと思う。
 この鐘は岡本太郎が曼陀羅をイメージしたもので、仏や動物、妖怪などの彫刻が施されている。
 トゲトゲの効果まで計算したのかどうかは分からないけど、他の鐘とは違った響き方をするらしい。YouTubeで映像を見てみたら、不思議な波打ち感があって、かなり独特だ。岡本太郎はそれを宇宙へ届ける音と言った。
 大晦日の日、除夜の鐘で108人限定でつくことができるらしい。夜の9時くらいから列ができるというからつきたい人は少し早めに行く必要がありそうだ。



岡本太郎の銘




浅野祥雲観音像

 これが浅野祥雲作の護国観音像だ。太平洋戦争の戦没者慰霊のために建立されたものだそうだ。
 作られたのがいつだったのか調べがつかなかった。浅野祥雲は戦前からコンクリート像を作っていて、わりと長い期間制作している。戦後には違いないけど、昭和30年代なのか40年代なのか。
 同じような観音像は関ヶ原ウォーランドにもあった。あちらの開園は1964年(昭和39年)だけど、それより前のような気がする。
 昭和30年頃、久国寺は名古屋市観光協会の後援を受けて大名古屋十二支(七福神めぐりに代わって始められた12の札所巡り)のひとつになっているから、そのときかもしれない。



浅野祥雲観音像水鏡




久国寺社

 境内に小さな社があった。稲荷社とかだろうか。

 岡本太郎と浅野祥雲と行基と弘法大師が出会う寺などめったにあるものではない。そんな久国寺にぜひ出向いていってほしいと思う。
 

スポンサーリンク

関連記事ページ

浄源寺のモミジ絨毯を撮りにいったら遅刻だった

浄源寺入り口

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm



 愛知県瀬戸市の岩屋堂公園の入り口にある浄源寺
 岩屋堂は紅葉名所としてよく知られているのに浄源寺の知名度は低く、訪れる人は少ない。個人的には岩屋堂よりも浄源寺の紅葉の方が好きで、毎年のように撮りにいっている。
 岩屋堂は瀬戸の冷蔵庫と呼ばれるほど気温の低い地域だ。車で行っていた頃は車を降りた瞬間に感じたけど、自転車で行くとその手前ではっきり分かる。瀬戸市の中心部と比べて2、3度は明らかに違う。もっとかもしれない。なので、紅葉の見頃は名古屋市内よりも一週間くらい早く訪れる。
 にもかかわらず、どういうわけか浄源寺の紅葉は遅く、だいたい毎年12月に入ってから見頃を迎えることが多い。理由はよく分からない。気温よりも日照時間の関係かもしれない。
 いつも12月に入ってすぐくらいに行っていて、今年は紅葉が遅かったから昨日5日でも充分間に合うだろうと思っていたら完全に遅刻だった。あそこまで終わってるとは想像してなかった。7日くらいに行ってもちょうどいい年もあるのに、今年は後半から終盤にかけて駆け足になったのかもしれない。残っているモミジは少なく、モミジ絨毯はすでになかった。撮り頃は一週間近く前だっただろうか。たまにこういう年もある。
 この日は風が弱く、空は薄曇りで、午前中に雨が降った。タイミングだけでなく撮影条件としてもよくなかった。



浄源寺イチョウ絨毯

 イチョウの落ち葉もすっかり枯れて色あせていた。今年は紅葉自体がよくなかったから、いいタイミングで行けたとしてもベストの写真にはならなかっただろう。
 2012年はいい年だったという印象が残っている。
 モミジの状態とタイミングがよければ、落ち葉絨毯のきれいな絵が撮れる。



三蔵門に積もった落ち葉




三蔵門と枯れモミジの風情

 紅葉終盤の渋枯れ風情だった。



浄源寺いつもの図




モミジとイチョウの落ち葉




浄源寺残りモミジ




石仏群




降るモミジ




岩屋堂冬景色

 岩屋堂の紅葉はすっかり終わって、いつもの静けさを取り戻していた。



岩屋堂入り口集落の風景

 岩屋堂行きも今年はこれで最後となった。年が明けて2月にはセリバオウレンが咲くけど、それは行けるかどうか分からない。来年の紅葉の話をするには気が早すぎる。
 今シーズンの紅葉撮りは、最後に散り葉撮りをして締めくくりとしたい。
 

スポンサーリンク

関連記事ページ