現身日和 【うつせみびより】

旧街道沿いの風景

西日の旧街道

 今日は神社めぐりなどで出会った旧街道の風景をお送りします。
 神社はかつての旧街道沿いに建っていることがけっこう多い。なんで大通りから入ったこんな奥まったところあるんだろうと思うと、そこが昔の通り沿いだったりする。旅人たちが往来したかつての風景を想像してみると感慨深くもある。
 自転車であちこちをめぐるようになって多くの旧街道と出会うことになった。下調べしてから出向くだけでなく、どこかへの行き帰りに偶然そこを通ることもある。木曽路や美濃路といった有名な街道ではなくても、かつての名残が残る道もある。
 細い路地も好きだけど、こういう旧街道も好きだ。初めて通る道でも懐かしい。
 名古屋市内だけでも、まだまだ通ったことがない知らない旧街道がたくさんある。今後もそういう通りに出会うことを楽しみにしている。
 旧街道シリーズも、独立したひとつのシリーズになっていくかもしれない。



道ばたの観音




旧街道の光と影




お福市場




豆腐屋の跡




稲置街道の辻




アナログレコードの店




古い酒蔵




中華料理香林




バーバー




長屋商店街の跡

 

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山神社が先でお福稲荷が後、白竜社は追加

お福稲荷・山神社・白竜社

 名古屋市北区安井の旧木曾街道沿いにあるお福稲荷、山神社、白竜社。こんもり茂った鎮守の杜の中に仲良く収まっている。
 戦国時代、信長の家臣として仕えた浅野長勝などがこの地に安井城を築き、その鬼門の守護として勧請したのが山神社だった。1573年頃というから、信長が足利義昭を追放して室町幕府が滅亡した時期だ。
 その室町幕府前期の南北朝時代、北朝の側にいた犬飼頼隆が所領していた土地で、浅野長勝や安井将監などはその子孫に当たる。
 浅野長勝の館城はこの神社の南西あたりにあったとされる。150メートル四方というからなかなかの規模だ。野球のグランドがレフト・ライト100メートル、センター120メートルと考えるとだいたいの広さが想像できると思う。
 その後、浅野長勝は所領が中島郡大里村(稲沢市)に移ったことで浅野城は廃城となったとされる。遺構は何も残っていない。
 山神社はそのまま残され、のちにお福稲荷と白竜社が合祀された。
 更に詳しいことは神社サイトのお福稲荷社・山神社・白竜社のページに書いたので興味のある方はそちらをお読みください。



お福稲荷入り口




境内と参道




お福稲荷下る道と鳥居




お福稲荷鳥居




お福稲荷社




山神社鳥居




山神社社




山神社の狛犬




白竜社


【アクセス】
 ・地下鉄上飯田線「上飯田駅」から徒歩約33分。
 ・駐車場 あり(無料)
 ・拝観時間 終日
 

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反応、共感、共有、幸福

自転車屋跡

 写真は反応だ。反射と言ってもいいかもしれない。
 何に反応してカメラを向けるかは人それぞれ。同じ風景を目にしていても意識の中で見えているものは違う。
 ときどき、自分と似た写真を撮る人に出会うことがある。それは反応するものが似ているということだ。笑いのツボが同じといった言い回しをすることがあるけどそれに近い。
 人は共感を求める。共感することや、共感してもらうことを。
 写真は共有されて初めて完成となる。
 写真を通じた共有が互いにとってささやかな幸福につながるとしたら、そこにはいくばくかの価値があると思うのだ。



ローソン看板




町の本屋さん




日本軽気球広告




IKEA建設中




紙のリサイクル




ミニバンvs植木




豆腐屋の煙




囲碁の看板




サンライズ

 日は沈み、日はまた昇る。
 

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